だい イギリス人の演出家、イクバル・カーン通称「イッキー」が稽古場に来た。


彼は前回公演「時間の物語」を観に来て、いたく気に入ってくれて、その後うちのワークショップとかにも参加してくれた。


もともとは劇団一跡ニ跳に演劇留学に来ているんだが、もうすぐ帰国するということで、うちの稽古場に遊びに来てくれて、送別会をした。


片言の英語で何とか話す。




「演劇の力について」
「国や文化を超える表現とは?」
「人間の交流」 
「文化の違い」
「僕がイギリスに行った時の思い出話」 etc


テーマは壮大だが、話している言葉は片言。


僕の中学生レベルの英語でも、彼も必死に理解しようとしてくれた。


コミュニケーションは取れているかは決して定かではないし、むしろ、誤解もあったかもしれない。



でも、僕らにとって、そういうことはあまり問題ではなかったのだ。


何だか、分かり合えてるような感覚でしゃべれているということは幸福だなと思ったし、実際分かり合えてた思っている。


同じ演劇をやる仲間同士、国も文化も違うが何かをシェアできたというのが幸せであった。


これでいいのだ。




同じ言葉をしゃべっていても、同じ文化で育っていても、分かり合えない、距離を感じることが多い昨今。


「言葉に頼らないからこそ、感じてくることもあるな」と、改めて確認した。


人の繋がりは「言葉」だけではない。


僕が、海外の演劇人とよく交流を持つ理由は、そこら辺にある。


日常生活の中では、そんな当たり前で、根源的なことを、ついぞ忘れがちで、そんな自分自身を「調整する」ことが演劇をやる上で必要なのだ。


うちの芝居もそのように、「言葉以外」で多くのものを伝えられるように目指してます。


イッキー、ありがとう。


又、お会いしましょ。


お互いに地球の表と裏側で頑張ろうね、と誓い合って別れたのだった。