くれあ くれあ2016高校演劇審査ロード、昨日で終了しました。
ふ〜〜〜む。
難しい難しい審査でした。
審査員3名、割れましたね〜。
今年の他2県の地区大会は、そんなに割れなかったのですが、さすが県大会は割れました。
審査員としては、意見が割れないほうが気持ちとしては楽ですが、割れたほうがそれだけ作品の方向性が豊かであったともいえるし、別の言い方をすると、圧倒的な作品が少なかったとも言える。
そして審査員の価値基準も違う。
でも、これが大切だな〜と改めて思うのです。
だってそうでなければ、一人が審査をすればいいのですから。

何を持って、良しとするのか?
人間賛歌がいい
観終わった後、ほっこり幸せな気持ちになれるのがいい
考えさせられるのがいい
休憩時間には、こんな会話もなされました。

いざ審査段階になったら
心に響くもの
総合力
こんな言葉が話されました。

心に響いたけど総合力が弱い
総合力はあるけど心に響いてこない
困るのはこの二つがある場合、そのどっちを選ぶのよ〜〜〜!

私は身近に佐川という、同時には審査をしませんが、同じく高校演劇の審査員をしている旦那がいるので、お互いに審査をしてくると、必ず同じような会話をしています。というかしないではいられないのです。

昨晩は、ありがたいことにもう一泊させて頂いたので、一人、ホテルで考えていました。

審査員3名とも、演劇に対して異なる土壌。
それぞれの価値観がある。
それを求めて、バラバラな3名を選んでくださっている。そりゃ違うものを選ぶわな。
私は私の学んできたことを信じて、自分の感性を信じて、意見を言うしかない。
高校演劇
小劇場
商業演劇
海外の演劇
あらゆる演劇に敏感に、そして私の中の感性を豊かにし、「高校演劇」としてではなく、「演劇」として観るのが、私の役目であろう、と改めて思った。

うぉー怖い!
私の一言で左右される若者たち。
ある少女から「昨年の講評文に私のことを書いてくださって、嬉しかったです。今日まで頑張ってきました」とコンクール初日に声をかけられた。
あー怖い!

審査後、選ばれなかった・・・いや選ばなかった学校の生徒が意見を求めてきた。
泣いてた。
泣いてる彼女に演技指導をした。
言葉を伝えるよりも、今、心が動いている今、それをさらけ出してもらいたかった。
我慢しないで。いい子にならないで。
彼女は泣きながらそれに答えてくれた。
彼女の演技を見ていた生徒も泣きだした。
私も泣いた。
抱きしめた。
泣いている全員を抱きしめた。
ごめんね、みんな頑張ったのに、選ばなくてごめんね。
頑張っているのに、頑張れっていってごめんね。

私が選ばなかった彼女たち、彼らの様々な想いを忘れない。
そして私は学び続ける。
彼らと向き合い続けるように。

こうやって悩み、考えることがあること、本当に幸せだと思うのです。
そういう場を与えて頂けていることに、心から感謝なのです。頑張らねば!精進しなければなのです!なんせ相手は才能豊かな繊細な若者たちなのですから・・・。

がぉーーーーーーーーー!!!

そして宿題!11校分の講評文!るん!
2週間後はマカオ!明日も稽古!

がぉーーーーーーーーー!!!
ぎゃふん!